くまもと自転車紀行

熊本市およびその周辺を走行した記録や装備・メンテなど、自転車にまつわることがらを中心としたブログです

庚申と漱石

朝、8時半頃にクロモリロードバイクで出発して熊本市内の、夏目漱石の所縁の地をサイクリング。 夏目漱石は慶応3年(1867年)1月5日(新暦2月9日)に生まれた。その日は干支日でいうと庚申(かのえさる)の日だった。 庚申の日の夜、眠りにつくと、身体の中…

仕事の前の朝ポタ

今朝は熊本市中央区内坪井の予備校での外勤があるので、早目に家を出て、途中、ポタリング。 熊本城稲荷神社の 入り口にある立派な猿田彦をカメラに収めた後、 今朝の目的地である、壷川小学校の北東にある橋へ。 庚申橋と言う名のその名の由来が分からない…

菊池の青面金剛

予報は曇りなのに、時折り「ポツリ」と感じる状態。濡れるような雨にはならなさそうなので、午前8時半過ぎにクロモリロードバイクで出発し、東バイパスから北バイパスに入る。 麻生田の先から右に折れ、ショートカットをして国道387号線に入り、ひたすら北上…

甲佐の庚申塔と猿田彦

甲佐町には庚申塔が1基と猿田彦大神が20数基あるらしいので、それらをいくつか廻ることにする。 朝5時過ぎにカーボンロードバイクで出発し、 旧・引込線 出水ふれあい通りから江津塘に入り、南下。 左折して大六橋を渡り、右に曲がって嘉島の麦畑地帯を南下…

玉東町の猿ライド

朝5時過ぎにカーボンロードバイクで出発して渡鹿から白川沿いの道を走り、 子飼商店街を抜けて県道1号線、31号線を走る。 鹿児島本線をオーバーパスしたら左折して県道113号線に入り、坂の上り始めの菱形八幡宮の、 猿田彦大神をパチリ。 坂を上って、玉東町…

「火の国小唄」ライド

今日も色々と忙しく、早朝のみのサイクリングに朝5時過ぎ、 クロモリロードバイクで出発し、 白川沿いを川下へ。 泰平橋から右に折れて、花岡山へ上る。 頂上の、仏舎利塔に所縁の藤井日達聖人の銅像 の裏にあるのが、「火の国小唄」の歌碑。 残念ながら、「…

合志市栄の「松田農場跡地」碑

2時間くらいしかサイクリングできないので、朝5時半頃クロモリロードバイクで出発し、北バイパスに入り、白川を渡って、 スイカズラの甘い香を愉しみながら坂を上る。 ここらの歩道は、通行帯がゴールデンんウィーク頃に塗り直されて、歩行者や自転車運転者…

熊本市内の庚申塔その3

あまり時間がないので、朝方、託麻三山周辺の庚申塔や猿田彦大神をサラッと廻ることにする。 朝、5時半頃にクロモリロードバイクで出発し、北バイパスから東バイパスに入ってすぐ右折し供合線を東へ走る。 高速道路をアンダーパスしたらすぐ右折して坂を上り…

熊本市内の庚申塔ライドその2

朝5時半過ぎにカーボンロードバイクで出発し、熊本市内の庚申塔を巡りに行く。 出水ふれあい通りを走って画図を抜け、中の瀬橋を渡って加勢川沿いを川下へ走り、 川尻の街並みを抜けて 熊本藩川尻米蔵跡 さらに西へ走り、 途中で見かけた、たぶん逆修碑 天明…

熊本市内の庚申塔ライド

前回、八代市の庚申碑を3つ廻ったが、本日は熊本市内のものをいくつか廻ることにする。 ちなみに熊本市では「庚申碑」とは呼ばず、「庚申塔」と呼ぶことが多い。 午前6時半過ぎにクロモリロードバイクで出発し、渡鹿から子飼橋まで白川沿いの道を走り、 三軒…

八代の庚申碑ライド

朝起きてみると天気予報が良くなったので、計画変更して6時半頃カーボンロードバイクで出発し、出水ふれあい通りを南下。 画図の田舎道を走り 中の瀬橋を渡って国道266号線に入り南下し城南の坂を上って左折し、県道313号線、312号線を南下。 小川町の旧商店…

東西の付城ライド

朝6時頃にカーボンロードバイクで出発し、渡鹿から白川沿いの道に入り山鹿を目指す。 今日は、肥後国衆一揆の時に佐々成政が設けた「西之付城(つけじろ))」と「東之付城」の跡碑があるというので観に行くことにするのだ。 いつものように子飼から三軒町通…

再び曇天の平地走

明日も雨が降りそうな予報につき、土曜の午前中の仕事を終え、自宅で昼食後、午後1時半ころからクロモリロードバイクで出発し、競輪場通りから 水前寺公園の入口を経由して出水ふれあい通りを走る。 画図の田舎道を抜け、中の瀬橋を渡って加勢川の左岸を下流…

曇天の平地走

今日は行く当てもなく、平地を走ることにする。双子の孫を保育所に連れて行く手伝いをした後、午前8時半頃クロモリロードバイクで出発し、渡鹿から白川沿いを川下へ。 繁華街の喧噪を抜けて、 白川橋を過ぎ、 日吉町を過ぎると歩行者もほとんどなくなり、 路…

益城町日眞寺の清正公像

明日の予報が「曇りのち晴れ」から「雨」になってしまったので、今日の内に少しは走っておこうかと仕事が終わって昼飯を済ませ、午後1時半頃からクロモリロードバイクで出発し、京塚、健軍自衛隊を経由して木山往還を南へ走り、秋津川沿いの道を東へ。 前回…

雨後の益城プリンライド

降り続いた雨が午後になるとようやく止んだので午後3時頃にクロモリロードバイクで出発。 京塚あたりのハナミズキ 京塚を経由して健軍自衛隊の東側から木山往還に入って東へ。 横手五郎の猫伏石 益城に入ってしばらくして右折し、先月の3月20日にやっと4車線…

「庄林隼人自休居士荼毘塚」ライド

朝5時半頃にカーボンロードバイクで出発し、東バイパス、北バイパスと走り、国道387号線を少し北へ走って県道37号線へ左折してひたすら北へ。 合志川 菊池川を渡ったら左へ折れ、少し走ったら右折して迫間川を渡り、さらに県道37号線を北へ。 「あんずの丘」…

嫁チャリ・メンテ

わが家から100mくらいの賃貸マンションに住んでいる次男夫婦は共に自転車通勤をしている。ところが数日前に嫁のママチャリのチェーンが帰路に外れて押して帰ってきたというので見てみると、チェーンがかなり伸びて、外れやすくなっていた。 そこで本日チェ…

熊本城の外堀をブラリ

午前中は何かと忙しく、昼飯を食った後にクロモリロードバイクで出発。足馴らしに花岡山を廻った後、熊本城の周辺をブラっと一周してまだ知らなかった所へ。 というのも先週末、家内の同窓会の花見が雨で流れ、その時に徒歩で廻るはずだった熊本城の惣構(そ…

甲佐町の「豪淳の碑」

今朝は6時過ぎにカーボンロードバイクで甲佐町まで走った。 出水ふれあい通りへ 寛永9年(1632年)、細川忠利は肥後への入国に際し、加藤清正の霊位を先頭に立て、本妙寺(浄池廟)に向かって遥拝するなど、かつての領主・清正に敬意を払い、領民の融和を図っ…

自転車の青切符対策

2026年4月1日から自転車の交通違反に対し、「青切符(交通反則通告制度)」が導入された。 熊本県警のポスター 私の場合は、自転車通勤や街乗りの際に歩道を走行することがあるので、本日は交通法規のお勉強。 道路交通法上、自転車は軽車両と位置付けられて…

清正公の嫡男・加藤忠広公

加藤清正の事は色々と知識があったが、その嫡子の加藤忠広についはあまり知らなかったので、ネットを中心に色々と調べ、今朝7時過ぎから3時間ほど本妙寺、加藤神社、熊本城を廻った。 慶長6年(1601年)、加藤清正の三男として生まれる。二人の兄が早世した…

清正公の死去

明日は雨予報なので本日の仕事を早めに終わらせ、帰り道に熊本市の中央区京町、西区細工町を廻った。 木瓜の花も咲き始めた 加藤清正は慶長16年(1611年)3月28日、二条城での徳川家康と豊臣秀頼の会見を見届けた後、肥後への帰路で体調を崩し、病床に伏した…

清正公の治水・利水事業その2

午前6時半頃、クロモリロードバイクで出発し、前回に引き続き、加藤清正の治水・利水に所縁のある熊本市中央区細工町の阿弥陀寺、西区花園の本妙寺、北区下硯川を廻った。 清正には多くの家臣がいたが、治水・利水事業に大きな役割を果たした重臣を挙げると…

清正公の治水・利水事業

「築城の名手」とされる加藤清正公は一方で「土木の神様」とも呼ばれ、治水・利水に多大な功績があり、現在でも我々熊本県民の多くはその恩恵を受けている。 今朝はその痕跡を求めてカーボンロードバイクで、御船インター付近、熊本市の渡鹿、八景水谷を廻っ…

清正公と花岡山

朝から降ったり止んだりの天気だったけど、昼過ぎには道路が乾いてきたので1時間半ほどなら大丈夫かなと、繁華街を抜けて花岡山まで走った。 関ケ原の戦いの後、球磨地方を除く肥後52万石の領主となった加藤清正は翌・慶長6年(1601年)から熊本城の本格的な…

小西行長の供養塔ライド

今朝も寒い中、カーボンロードバイクで朝7時過ぎに出発。 白川沿いを走り、子飼から三軒町通り・国道3号線・坪井川沿いを北上。 立石に上がって小野泉水公園を経由して小野川沿い、合志川沿いを走り、 中川橋で菊池川を渡って山鹿市鹿本、山鹿市街地の隠れ切…

肥後の関ケ原

朝の冷え込みの中、カーボンロードバイクで氷川町竜北の古戦場、宇土城址、熊本市横手の禅定寺を廻った。 慶長5年(1600)9月15日、石田三成率いる西軍、徳川家康率いる東軍に分かれ、天下分け目の関ヶ原合戦が行われた。 この時、小西行長は6900名の軍勢を…

加藤清正と朝鮮出兵

肥後の北半分の領主となった加藤清正は豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)で主力として活躍した。その際、合計で5年近く朝鮮に滞在し、肥後に多くをもたらし、今でも残っているものがある。 春と言うのに冷え込む空気の中、クロモリリードバイクで、加藤…

ちらっと足手荒神

朝9時半過ぎにクロモリロードバイクで出発し、肥後国衆一揆の際に、隈本城を攻撃した甲斐宗立(そうりゅう)の由縁の地をひと回りしたので、今回も過去の画像を利用してレポート・・・。 出水ふれあい通り入口 甲斐宗立(出家前は親英(ちかひで))は、阿蘇…