寒さ対策をして朝8時にクロモリロードバイクで出発し、出水ふれあい通りから画図の田舎道を走り、
中の瀬橋、めど町橋を渡って左折し、緑川左岸を走って甲佐へ。
加藤清正は慶長12年(1607年)に緑川と釈迦院川を合流させるための鵜ノ瀬堰を築いた際、
大井手を合せて掘っている。
鵜ノ瀬堰から斜めに導かれた緑川の水は、約20キロメートルにわたり導かれ、甲佐、竜野、白旗、御船町豊秋地域の合計663ヘクタールの水田を潤した。
甲佐高校の東側にそびえる長楽山の中腹にある岩鼻神社は、
清正公の偉業に感謝して寛永元年(1624年)に建てられた。
その参道の鳥居の所に流れる用水路が
本日紹介する「新井手」である。
甲佐の東側の山際に点在する中横田、下横田区は清正公が造った大井手の恩恵を受けることができず、長い間、水不足で農民は苦しんでいた。
矢部手永で塘方助役として緑川上流の堤防管理を行っていた木原寿八郎は惣庄屋として甲佐手永に転任し、中横田、下横田区の水不足の解消に着手し、文政7年(1824年)、3年に及ぶ苦労の末に鵜ノ瀬堰の上流から分水し、全長2700m、途中に2か所の長い隧道を要する大規模な用水路を造り上げた。
横田地区に建つ甲佐中学校に隣接した甲佐町トレーニングセンターの駐車場の一角には、木原寿八郎の功績を讃えた顕彰碑が建っている。
セブンイレブン甲佐糸田店で燃料補給後は、県道38号線を北上し、
県道106号線、国道445号線を北上し、中の瀬橋からは朝、来た道を帰った。
本日の走行距離:58.0㎞