くまもと自転車紀行

熊本市およびその周辺を走行した記録や装備・メンテなど、自転車にまつわることがらを中心としたブログです

帰り道、気になる石仏めぐり

インド食堂の奥さんから「小磧(おぜき)橋の付近の立田山の南麓の崖にお地蔵さんと観音さんが立っているのを見かけたけど、あれは何なんでしょうか?」と尋ねられた。他にも市内に気になった石仏がいくつかあるので、ついでに調べに行くことにした。

木曜日の午後、仕事を早めに切り上げて有休消化。

まずは万日山の中腹の路傍に立つ石仏の中の、

馬頭観音と思しき石仏。

自信がないので前掛けをちょっとだけ外させてもらうと、あらら、千手観音。

お次は坂を下って、すぐ近くにある春日寺。

ここの入口の所にある祠には、おそらく熊本駅の開発工事で行き場の無くなった近隣の町内の地蔵菩薩が集めてある。

先日、自転車くまさんのブログで公開されたこのお堂の中に六地蔵らしいものがあったので確かめにきたが、小さな地蔵が並んだ六地蔵を発見!

横が40㎝で縦が30㎝くらいの、こんな六地蔵は初めて見るタイプ。

 

その後、白川右岸をの「ちゃりぽ道」を上流に向かって走り、

銀座橋の少し手前に立つお堂。

以前から気になっていたので、中をちょっと覗いてみる。

さらに進んで、太甲橋から先は白川の左岸に行ったり右岸にもどったりしながら遡上し、

昭和28年の大水害の被害者を供養するお地蔵さん

 

問題の、小磧橋の先の県道337号線沿いの崖へ。

崖崩れ防止ネットに2箇所穴を開けてあって、交通安全祈願の石柱と観音さんが立っている。

そして、よく見ると、観音さんの横には「古」の字と「墳」の字が彫ってある。

さらにその数十メートル先にもネットに穴を開けてあり、

そこにはお地蔵さんが祀られている。

手前の観音さんの横に刻まれた「古墳」で、ピンと来たのが、その100m先を左に曲がったところにある「つつじヶ丘横穴群」。

これと何か関係があるのかと、家に帰ってネットや図書館で調べてみると、観音さんやお地蔵さんが祀られていた崖の一帯は「宇留毛(うるげ)小磧橋際横穴群」で、40基ほどの横穴があったところで、昭和30年の国道57号線の拡張工事の際にその内の6基は詳しく調べられ、鉄器や陶器、玉などの副葬品が発掘されたことが判明。

なるほど、観音さんやお地蔵さんは横穴群に埋葬されていた人たちを弔うためのものだろうと思われた。

ちなみに、そこを含む立田山の南麓には数多くの円墳や横穴群があり、それらは6世紀末から7世紀初頭にかけての聖徳太子が生きていた頃のものであることが判って来て、その数年でも発掘が進みクローズアップされているらしいことも判明した。

「宇留毛小磧橋際横穴群」および「つつじヶ丘横穴群」の少し先の「女瀬(めせ)屋敷観音堂」があって、

そこには、放牛石仏の、唯一の観音像があるので、ついでにそれも拝んで帰った。

その日の走行距離:通勤分も含めて30㎞くらい

わが家の最寄りの観音さま