くまもと自転車紀行

熊本市およびその周辺を走行した記録や装備・メンテなど、自転車にまつわることがらを中心としたブログです

白川沿いの慰霊碑めぐり

台風対策の合間に、気分転換に1時間弱のポタリング。

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白川右岸の世継橋から少し川下に入った所にある緑地公園。

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その一角に大洋デパート火災の遺族が建てた慰霊碑がある。

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1973年11月29日午後1時15分に発生した大洋デパートの大火災では103名もの尊い命が失われた。 遺族らは犠牲者の七回忌を機に1979年、この地に殉難之碑を建立。しばらくは遺族会が管理してきたが現在は会の活動もなくなり合同慰霊祭などは開かれていないという。しかし、この日も綺麗なお花が供えてあった。

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白川右岸の太甲橋際のメルパルクの近くには熊本大空襲の慰霊碑が建っている。

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熊本市は昭和19年11月21日以来、数回の空襲を受けた なかでも昭和20年7月1日夜から2日未明にかけてのB-29による焼夷弾攻撃、8月10日等の空襲のため罹災家屋総数11,000戸、罹災者数43,000人、死者数469人、負傷者数552人という。

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筆舌につくせぬ悲惨な被害を受けた被害者の霊を弔い、再び戦争を繰り返さぬよう祈念するために熊本黄壁城ライオンズクラブ(濟々黌高等学校の同窓会により立ち上げられたライオンズクラブ)が1980年に建てたもの。

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白川左岸、子飼橋の横には白川大水害記録碑があり、その前には地蔵堂が建てられている。

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1953年の「6・26大水害」では熊本県内で563人の死者・行方不明者が出た。

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被害の大きかった子飼橋付近では、大江校区第3町内自治会が1960年には弔いのための地蔵堂を建てるなどして「6・26」に合わせて60年以上の長きにわたり毎年、慰霊祭を営んできたが、今年はコロナ禍のために中止を余儀なくされた。

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さて、かつて経験したことがないほどの猛威を振るうと言われる台風10号。7日の午前中に熊本に最接近する予報だが、大きな被害や犠牲者が出ないことをただ祈るばかり。