くまもと自転車紀行

熊本市およびその周辺を走行した記録や装備・メンテなど、自転車にまつわることがらを中心としたブログです

熊本の遊郭跡めぐり

今年のNHKの大河ドラマの「べらぼう」は吉原の遊郭を舞台としている。

今日も孫の世話で少ししか時間がないのでクロモリロードバイクで熊本の遊郭跡を訪ねてみた。

明治4年(1871)の神仏分離令にともない、浄池廟と本妙寺は分離され、浄池廟は現在の熊本城本丸と宇土櫓の間に「錦山神社(後の「加藤神社」)」として建立され、その後、明治7年(1874)に熊本市京町に遷宮された。

磐根橋を渡ったところ

清正公を祀る錦山神社は多くの信仰を集め、参拝する人たちのために磐根橋が造られ、

当時その下を南北に流れていた坪井川の新堀の港は、遠く県外からも多くの参拝者が利用し、

そこから京町台へ「錦坂」と呼ばれた坂を昇降した。

後に加藤神社と呼ばれるようになる錦山神社の裏の京町は門前町となり、

本通りには料理屋や宿屋ができて花街が形成された。

名残を感じさせるのはここくらい

 

当時の明治政府は先進諸国にならって全国の遊郭の公営化をすすめており、熊本では明治7年、初代の熊本県令安岡良亮の許可の元、初めて熊本に公営の京町遊郭が誕生することになった。

花岡山中腹にある安岡良亮の墓

ところが、明治10年に勃発した西南戦争の兵火によって、その京町遊郭も焼失した。周辺住民の反対により京町での遊郭の再建は断念され、京町遊郭はわずか3年の幕を閉じる事となった。

新堀通り

その後、二本木で公営遊郭が再開され、一世を風靡したが、昭和32年(1957)の売春禁止法の成立により衰退し約80年の歴史の幕を閉じた。今ではその面影は全く無く、

当時、遊郭地区に出入りする唯一のアクセス路だった「三嬌橋」も建て替えられて名前が残っているのみ。

 

そんな二本木からは、季節の移ろう白川沿いを、のんびり走って帰った。


本日の走行距離:20.8㎞