くまもと自転車紀行

熊本市およびその周辺を走行した記録や装備・メンテなど、自転車にまつわることがらを中心としたブログです

2026-03-01から1ヶ月間の記事一覧

清正公の嫡男・加藤忠広公

加藤清正の事は色々と知識があったが、その嫡子の加藤忠広についはあまり知らなかったので、ネットを中心に色々と調べ、今朝7時過ぎから3時間ほど本妙寺、加藤神社、熊本城を廻った。 慶長6年(1601年)、加藤清正の三男として生まれる。二人の兄が早世した…

清正公の死去

明日は雨予報なので本日の仕事を早めに終わらせ、帰り道に熊本市の中央区京町、西区細工町を廻った。 木瓜の花も咲き始めた 加藤清正は慶長16年(1611年)3月28日、二条城での徳川家康と豊臣秀頼の会見を見届けた後、肥後への帰路で体調を崩し、病床に伏した…

清正公の治水・利水事業その2

午前6時半頃、クロモリロードバイクで出発し、前回に引き続き、加藤清正の治水・利水に所縁のある熊本市中央区細工町の阿弥陀寺、西区花園の本妙寺、北区下硯川を廻った。 清正には多くの家臣がいたが、治水・利水事業に大きな役割を果たした重臣を挙げると…

清正公の治水・利水事業

「築城の名手」とされる加藤清正公は一方で「土木の神様」とも呼ばれ、治水・利水に多大な功績があり、現在でも我々熊本県民の多くはその恩恵を受けている。 今朝はその痕跡を求めてカーボンロードバイクで、御船インター付近、熊本市の渡鹿、八景水谷を廻っ…

清正公と花岡山

朝から降ったり止んだりの天気だったけど、昼過ぎには道路が乾いてきたので1時間半ほどなら大丈夫かなと、繁華街を抜けて花岡山まで走った。 関ケ原の戦いの後、球磨地方を除く肥後52万石の領主となった加藤清正は翌・慶長6年(1601年)から熊本城の本格的な…

小西行長の供養塔ライド

今朝も寒い中、カーボンロードバイクで朝7時過ぎに出発。 白川沿いを走り、子飼から三軒町通り・国道3号線・坪井川沿いを北上。 立石に上がって小野泉水公園を経由して小野川沿い、合志川沿いを走り、 中川橋で菊池川を渡って山鹿市鹿本、山鹿市街地の隠れ切…

肥後の関ケ原

朝の冷え込みの中、カーボンロードバイクで氷川町竜北の古戦場、宇土城址、熊本市横手の禅定寺を廻った。 慶長5年(1600)9月15日、石田三成率いる西軍、徳川家康率いる東軍に分かれ、天下分け目の関ヶ原合戦が行われた。 この時、小西行長は6900名の軍勢を…

加藤清正と朝鮮出兵

肥後の北半分の領主となった加藤清正は豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)で主力として活躍した。その際、合計で5年近く朝鮮に滞在し、肥後に多くをもたらし、今でも残っているものがある。 春と言うのに冷え込む空気の中、クロモリリードバイクで、加藤…

ちらっと足手荒神

朝9時半過ぎにクロモリロードバイクで出発し、肥後国衆一揆の際に、隈本城を攻撃した甲斐宗立(そうりゅう)の由縁の地をひと回りしたので、今回も過去の画像を利用してレポート・・・。 出水ふれあい通り入口 甲斐宗立(出家前は親英(ちかひで))は、阿蘇…

佐々成政・関連ライド

朝8時半頃からカーボンロードバイクで出発し、熊本市内の熊本城、黒髪町、植木町山本など、肥後の領主となった佐々成政に所縁の地を廻った。 佐々成政は尾張国に生まれ、織田信長に仕えた。信長の親衛隊「黒母衣衆(くろほろしゅう)」の筆頭を務め、勇猛果…