くまもと自転車紀行

熊本市およびその周辺を走行した記録や装備・メンテなど、自転車にまつわることがらを中心としたブログです

南関町史跡めぐり

山鹿で用事があったので、クロモリロードバイクをN-BOXに積んで出発し、用事を済ませて帰りに回り道して南関町の物産館の「いきいき村」へ。

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食事処で早目の昼食を済ませて、

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ロードバイクを降ろし、まだ見てなかった史跡と、もう一度見たくなった史跡を見に出発。

まずは小原地区にある山寺の善光寺。

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急な階段の参道脇に目指す六地蔵。

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明和7年(1770年)に立てられたもので、心願成就のためのものらしい。

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お次は豊永地区の台地の上にたつ「大迫六地蔵」。

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町指定の文化財で、全高317cm。龕部に六地蔵尊六体を刻像し、

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中台には十王と

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脱衣婆と懸衣翁が二つの人の首をはさんで配され、

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幢身正面には仁王像が刻まれている。

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この六地蔵は、『仁王像を合わせて刻像している点など六地蔵信仰と十王信仰をうかがい知るうえで他に類を見ない非常に貴重な歴史遺産』とのこと。

県内で色んな六地蔵を見てきたが、確かにこの六地蔵の風情は強く印象に残ったので、もう一度、足を運んだ次第。

さて、ここ大迫の台地は、六地蔵が立っているくらいだから、かつては主要な交通路だったらしく、道すがら色んな史跡が待っていて、なかなか前へ進めない。

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そんなこんなしながら辿り着いたのが山添磨崖仏岩薬師。

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薬師堂内奥の凝灰岩崖面中央に薬師如来坐像を半陽刻し、

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その左右に日光・月光菩薩立像板碑を各二基、さらにその外側に十二神将を三体ずつ分刻した板碑四基が配されている。

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仏像建立の時期には数回の変遷が見られるが約500年前らしい。これまで見てきた野ざらしの磨崖仏と違って、御堂が立ててあって、雨風対策がしっかりしてあり、地区の人たちから大切にされている感じ。

 

そこから急な坂を上ったり下ったりしながら到着したのは細永地区にある乙丸集落の馬頭観音堂。

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南関町内にある約10基の馬頭観音の中でも一番大きいものだそうで、

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境内にあるクロガネモチは県内最大級の大きさで町指定天然記念物となっている。

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お仕舞いは、役場の近くにある正勝寺。

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明治10年勃発の西南の役の当初、有栖川宮熾仁親王が本営をおかれ、出兵を指揮されたことで有名なお寺だけど、

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本日の目的は本堂の外壁の鏝(こて)絵。三羽の鶴が左官さんの見事なこてさばきで優雅に描かれていた。

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それにしても今日の南関町の山里は、いや、まじ寒かった!

本日の走行距離:20.0㎞

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