海苔の養殖は有明海沿岸が有名だけど、特に熊本はその発祥の地と言われているので、その所縁の地を廻った。 まず訪れたのが宇土市の住吉地区。紫陽花で有名な住吉公園の
西側斜面に「海苔養殖の母」と呼ばれる「ドゥルー女史」の顕彰碑が建っている。
今では日本食に欠かせない食材となった海苔だが、
その生態は長いこと謎とされていた。実際、昭和二十年頃までの海苔の養殖は河口付近に支柱を立て、自然に生える海苔を収穫するという方法で生産量も不安定で、それだけに縁起物・高級食材として扱われてきた。 そんな海苔の生態を解明したのが、イギリスの海藻学者ドゥルー女史だった。
昭和24年、ドゥルー女史はノリの糸状体をカキの貝殻の中で発見。彼女と親交のあった九州大学の瀬川宗吉教授に手紙で知らせ、瀬川教授からの勧めで熊本県水産試験場の研究員・太田扶桑男(ふさお)氏が人工採苗の研究を進めることになった。
ところで、話は変わるけど、ここ住吉は、サッカーW杯ロシア大会の日本代表・植田直通選手の出身地。
宇土武道館でのパブリックビューで盛り上がろうと計画しているらしい。
そんな宇土市内を通って県道338号線に行って八代市鏡町へ。 海苔の胞子(種)が糸状体になり、夏に貝殻の中に潜り込んで成長する生態を利用して、熊本県水産試験場の研究員・太田扶桑男(ふさお)氏は海苔の胞子を植え付けたカキの貝殻を網に取り付ける養殖方法を確立した。 実験の行われた熊本県水産試験場鏡分場は現在、鏡町漁業協同組合の敷地となっており、その一角に「海苔人工採苗発祥之地」と刻まれた石碑が建っている。
その方法は海苔養殖の技術革新として大きく評価され、周囲からは特許権を取得するように勧められたが、太田氏は「ドゥルー博士の発見があればこそ」と特許権は取らなかったとか。 その技術は全国の産地に広まり、
現在もカキの貝殻を使った海苔養殖が各地で続けられている。
ちなみに、太田氏は海苔だけでなく、カキの養殖にも尽力した。
帰路は有佐駅、小川駅を経由する裏道を走り、
松橋から国道3号線を走って、市内に入り、一度食べて見たかった「ヨダレカレー」を食べて帰った。
本日の走行距離:98.7㎞